砂の舞台  #5
2010.11.17  サンジャック 西荻窪
河崎純(bass.)+ 青木菜穂子(pf.)デュオ
中川ゆかり(朗読)+ クセーニャ(録音部 朗読)



砂の舞台  #4
2010.8.20  Cafe FLYING TEAPOT
河崎純(コントラバス)

池澤龍作(パーカッション)
朗読、パフォーマンス:大木秀久、中川ゆかり

浅井梓、原牧生、青木純一、岡麻生子、南雲友人

原田健太郎、三行英登、河崎純



砂の舞台  #3
2010.4.18  TORIA GALLERY
河崎純(コントラバス)

高橋琢哉(ギター、エレクトロニクス)
朗読:大木秀久、中川ゆかり
主催:WINDS CAFE



砂の舞台  #2
2010.3.25  cultural center DOM(モスクワ)
河崎純(コントラバス)
アントン・シラエフ(トランペット)
ウラジミール・ボルコフ(コントラバス、パフォーマンス)
アリーナ・ミハイロワ(ダンス、パフォーマンス)
クセーニャ(朗読)
主催:国際交流基金モスクワ支部


|「モスクワの老婆、または天使たち」を読む
| 写真を見る



砂の舞台  #1
2010.3.14  七針
河崎純(コントラバス)

亞弥(ダンス、朗読)

砂の舞台

協力:原田健太郎(朗読、録音)、本居連(朗読)

翻訳協力:尾松亮

構成:河崎純




( 聖歌隊で歌い手のひとりが興奮状態に陥った。T神父は彼の前髪をつかんで揺さぶっている。《ごらん、こんなにさえずって! さあ黙りなさい、──きみのせいじゃないんだから!》
 たぶん、われわれもまた──ときおり──あまりにも《さえずり》すぎるきらいがあるのではないか、《われわれの》としか言いようのない讃歌のおかげで。)

 先日まで、友人であり私にとって音楽の大切なパートナーであるピアニスト神田晋一郎さんが音楽を担当した演劇、ガルシア・ロルカの「血の婚礼」に演奏者として参加していました。いまの東京では一見他人事ともいえる、民族、因習、血族、生と死が、その過剰とも言える比喩に満ちた詩的言語で役者によってうたい語られるのですが、そういうことが舞台で演じられるという形と、その稽古というプロセスのなかで現在いかなるリアリティを持ちうるのか、メディアとしての演劇の可能性や不可能性、そしておそらくはその不可能性のほうを、いまさらながら突きつけられてしまうのですが…。

(《言葉たちの歌声》がわたしを導き始めた。しきりと浮かんでくるのはギュンター・アイヒの一行。《この赤い釘は冬を越せないだろう》。願わくば神よ、──わたしは自分に向かって言う、──鉄錆さながらに、きしみはじめますように、願わくば与えたまえ──《厳格なる》老年を、──正確さを──もっとも必要とされる言葉を。)

 地(血)に向って怨念のように踏みならされるフラメンコのステップ、心臓の上のほうで打ち合わされる力強い手拍子、理性を不可能にするその裏打ちのリズム。私達がそういうことを「演ずる」難しさを強く自覚することや、その困難の引き受け方が大切だなぁ、とは思いました。

(すべてはますますこと細かな物になろうとしている。そしてすべてはますます──こと細かな言葉に。
 物のお喋り。詩のお喋り。)

 そんなことを考えながら、以前この劇場で音楽をつくった、ロルカと同年生のブレヒトの戯曲「例外と原則」を読みました。ブレヒトが教育劇を創作していた時期の作品で、対照的にいっさい詩的言語は用いられず、「教材(テクスト)」として言葉があり、つまりそれを理性的に思考し覚醒する身体や声こそ「詩」であり社会であるような。

(詩人V.M.のラーゲリ詩。そこにあるのは──身近な者への(そして、さらには、──縁もゆかりもないただの人々への)配慮ばかり──圧政者への《糾弾》はない。もしかすると、本当はこの方がよいのだろうか?《泣き》すぎてはいけない、それよりも──ペチカを焚きつけて、子供たちに食事を与えたほうがよい:これが《農民流儀の》不幸への反応なのだ。)

 そんなゲリラ的地脈を「通路」といって、詩人の原牧生さんとこの劇場で「詩の通路」という企画をつくったのでした。その数年前、やはりどういう流れのなかでかは忘れてしまいましたが、演出家の高山明さんと出会いオリジナル台本の上演プロジェクトをつくり Port B というユニットを結成しブレヒトの詩をコラージュしたパフォーマンス、詩の通路の運営、旧知の演出家大岡淳さんとの再会、そのなかで出会った北区の高校生達との共同作業、ちょっと恥ずかしいですが、30歳前後のあたりは、それまで楽器演奏一筋だったわたしにとっての「青春時代」のようなもの(といってもついこのあいだのことですが!)。それらはいろいろな形で継続したりしなかったりですが、

(誘惑も存在する。かくて沈黙の切実性が問われる。)

 いまひととおりの季節を経て、この東京で私はどんな「詩」をわたしのなかに持ちうるのかなと思いました。いま、わたし自身でそれを確認するには、ひとりでコントラバスを弾くことしかなかった。

(──夕暮れの路を右に曲がって。そこにはひとつの時代があった──「輪舞の死」が。まるでなにかを音もなくかじり続けているような、)

(語る声、人影の去来、──影、ぼろぼろの服の語る声──風の渦に巻かれて。

《自分自身》からなる──最後の《長編詩》。)

 震える石。

(あそこでは《すべて》は沈黙だ。だれもが──遠い昔に──永久の別れを告げている。空っぽの建物。寒気。遠い昔の風、──それは死滅した風だ。空っぽの物置。風は、──死滅した粉の──死滅した散乱だ。)

 そしてそこから言葉は削ぎ落とされているのか。しかし願わくばその詩が「音楽」や「歌」となって誰かと分かちあえることを。そんなふうに思ってこの月に一度の一年間のソロシリーズ「震える石」をはじめ、今日でなんとか12回を終えることができる予定です。いま最終回を前に、語り得ぬものを前に語り続けたい欲求と、沈黙していたいという気持ちが同時にわたしのなかにあります。こんな小さなプライヴェートな趣きの強いコンサートに御来場いただき、みなさまありがとうございました。そして一年間スタッフとして欠かさずお手伝いしてくれた大木秀久君本当にありがとう!()のなかの言葉は今年共同作業するかもしれないヴァイオリン奏者のアレクセイ・アイギさんのお父さん、ロシアのチュバシ共和国の詩人故ゲンナジイ・アイギさん(訳 たなかあきみつ)の言葉です。

(そして: そよぎ-と-そよめき。さやさやとそよめいている──ひどく遠いところで──もう──はじまりが。《わたしのもの》、《わたし自身》が。)


河崎純(震える石 vol.12 プログラムノートより)